・前ロッテの黒木が現役引退=元エース、「悔いはない」−プロ野球(時事通信)
ロッテから戦力外を通告されていた黒木知宏投手(33)が12日、東京都内で記者会見し、現役引退を表明した。同投手は「10月2日に戦力外となった後(他球団からの)オファーを待ったが誘いはなく、選択肢は引退しか残っていなかった。悔いはない」と語った。今後の進路は未定という。
とうとう来るべきときが来ましたか。。。
お疲れさまでした。
もう1回登板するところを見たかったのですが、来年のモルツ戦ですか。。。
ジョニー黒木といえば、一番印象に残るのは1998年7月7日のGS神戸のBW戦でのあと一人で連敗脱出というところでの同点2ラン被弾。結局、延長サヨナラ負けでプロ野球連敗記録更新の試合ですね。→現地にいた人
確か、フジテレビで生中継してましたよ。
この試合の負け投手は藤田。次の試合も負けて18連敗、負け投手は薮田。(コバマサはこの年11月のドラフトで里崎とともに入団でまだいない。)
そのYFKがマリーンズを去り(しかも、薮田とコバマサはメジャー)、黒木は引退。
連敗を止めた小宮山は現役続行ですが。。。
この1998年は、横浜ベイスターズが38年ぶりのリーグ優勝&日本一で横浜は盛り上がっていたなあ。。。
甲子園で大魔神が新庄を三振に斬ってとって優勝決定でしたね。
ちなみに、阪神はエイプリルフールに吉田監督が優勝記者会見したとおりに終わった年。村山さんも亡くなるし。。。オフにはノムさんが新監督就任で、これで少なくとも最下位は脱出できると思ってはいたんですがね。。。
(参考:1998年、千葉ロッテ・マリーンズが作った日本プロ野球新記録18連敗のすべて)
で、この時の自分がドラえもんにタイムマシンで7年後(2005年)の10月末に千葉マリンに連れていかれたら、目の前で行われている日本シリーズをそれとは認識できずに
「いつの間に阪神はパ・リーグになったんや!」
と思ったでしょうね。そのくらい隔世の感があります。
話がそれましたので、本題に戻してジョニー黒木の略歴と記者会見の一問一答を紹介して〆ます。
黒木 知宏(くろき・ともひろ)
宮崎・延岡学園高、新王子製紙春日井を経てドラフト2位で95年にロッテ入団。97年から5年連続2ケタ勝利を挙げ、98年に最多勝と最高勝率のタイトル獲得。00年シドニー五輪に出場。01年途中に右肩を故障し、リハビリを経て04年に復活して1勝を挙げたが、登板機会は激減。今季も中継ぎで1試合に登板しただけ。通算成績は199試合に登板して76勝68敗1セーブ、防御率3.43。
記者会見での一問一答は次の通り。
−引退決断の理由は。
10月2日に戦力外通告を受けてから2カ月がたち、いろんな選択肢が1つ、2つと消え、残されたのが引退だった。
−現役続行の意思との葛藤(かっとう)は。
トライアウト、大学・社会人ドラフトが過ぎ、待つスタンスは変えなかったが、現状は厳しかった。
−燃え尽きるまで、と言っていたが。
心の準備はできていた。決断に悔いはない。
−一番の思い出は。
(1998年のチームの)18連敗は自分の財産。野球の素晴らしさ、怖さをいろんなところで発信していきたい。
−ファンへの思い、メッセージは。
今の僕があるのは声援のおかげ。現役にこだわっていたので、お礼を言える場がなかったのは残念。マウンドで後押ししてくれて、黒木という人間を育ててくれて感謝している。
なお、タイトルの原曲→「ジョニーの子守唄」・メロディのみ
もうひとつの曲(ジョニーへの伝言«注:音が出ます»)を引用した関連エントリーはがいしゅつ。


ジョニー黒木の引退のニュースをどこかで垣間見たからだったかもしれません、、、と、このエントリーを見て思ったしだいです。
カープに来て欲しかったです。
そこで、敗戦処理でからでもやってもらえれば
客寄せにもなると思ったのですが・・・。
残念です。
本当は「ジョニーの子守唄」か「ジョニーへの伝言」の替え歌主体のエントリーにしたかったんですが、いいセリフが思いつかず断念しました。
>tfohさん
ジョニーが投げるとわかれば客は呼べますが、もうそういう立場になっても投げたいとは思わなくなったんでしょうね。
年取りました。。。
頭の中で音楽が駆け巡るのって、自分もしょっちゅうですから。。。