2つ前のエントリーの続きで、今回のパウエる契約問題、根来
当初は再申請に必要なパウエルの意思確認の書類をファクスで取り寄せ、近日中に手続きすることも検討していたが、書類の原本が必要と判明した。パウエル側から送付済みとの連絡は入っており、2、3日で球団に届くとみられる。竹内COOは「届き次第、連盟に提出する」と話した。
ということなので、3月10日あたりに公示ですかね。
根来
ハムぞー所長やGiants-55さんのゆうとおり、江川問題の決着の方がまだましだと自分も思います。
それと、悪しき前例を作っちゃいましたね。今年の新外人が活躍してオフの契約更改でもめたら、セ・パの金満計2チームに根こそぎもってかれるんじゃないかとの(まめ)たぬきさんのご懸念もわかるような気がしますよ。
それはそうと、当エントリーの表題のとおり、本題に戻って2月10日のサンスポ記事から
本件に関して、これってどうよ発言・・・
◆パウエル問題に色めき立つ報道陣に対してソフトバンク・王監督
「もうちょっと時間がたったら、みんな忘れるんだよ」(円満解決すればそうなると思いますが…)
あと、去年の9月15日のSBH−F戦後にも
王監督 今日は残念ながら向こうの方がすべてに勝っていた。
−杉内も序盤は好投
王監督 良かったけどね。山崎がああいう形で吉川をノックアウトしてくれてこっちの流れになったんだけどね。1点取った後のあのダブルプレーで流れが変わっちゃったね。向こうは野手、投手が役目を果たしていた。今日に関しては果たせなかった。今日、負けたのは仕方ない。さすがにトップにいるチームだね。まだまだ、今日の勝敗に関係なく、明日は明日でキチッとやっていかないといけない。そういう意味では切り替えてね。自分のやるべきことをね。
って、日本ハムの先発・吉川が山崎の打球を手首に受けて降板したことに関し、アレと思うような発言も・・・
>国民栄誉賞なんて・・・
>どうせ、今のトホホな総理のおやぢさんが、人気取りのために作った賞やないかい・・・
>辞退した福本さんやイチローの方がよっぽど男気があるわいな・・・
【訃報】
江藤慎一氏死去 中日主砲、セ・パ首位打者(中日新聞)
プロ野球の中日、ロッテなどで強打者として活躍し、史上初めてセ、パ両リーグで首位打者になった江藤慎一(えとう・しんいち)氏が28日午後3時38分、肝臓がんのため東京都内の病院で死去した。70歳。熊本県出身。葬儀・告別式は3月5日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20、桐ケ谷斎場で。喪主は三女忍(しのぶ)さん。葬儀委員長は渋沢良一元セ・リーグ事務局長。
熊本・熊本商高から社会人の日鉄二瀬を経て1959年に中日に入団。64年から2年連続で首位打者に輝いた。71年にはロッテで首位打者となり、史上初めて両リーグでの首位打者獲得を達成した。大洋(現横浜)でもプレー。75年に移籍した太平洋(現西武)では兼任監督も務めた。
気迫をむき出しにするプレースタイルから「闘将」と呼ばれ、オールスター戦に11度出場し、ベストナインにも6度選出された。セ、パ両リーグの全12球団から本塁打もマーク。現役18年間の通算成績は2084試合に出場し、打率2割8分7厘、2057安打、367本塁打、1189打点。76年にロッテで現役を引退した後、85年には「日本野球体育学校(江藤野球塾)」(静岡県)を設立。91年に業務提携した社会人チームのヤオハンを2度、都市対抗大会出場に導いた。
◆勝負強さ光る「闘将」 セ・パ4球団渡り2057安打
28日に死去した江藤慎一さんは、気迫あふれる姿から「闘将」と呼ばれた。
中日では11シーズンにわたって活躍。1954年に初めて日本一になったときのエース杉下茂さん(82)が、監督に就任した59年に江藤さんが入団してきた。「ちょうど大打者西沢道夫さんが、抜けた直後。打力を生かすため、捕手で入ってきたが、一塁に転向させ、さらに外野飛球を捕る練習をさせた。すぐに5番打者として起用し戦力になってくれた」と話した。
杉下さんの監督時代、米大リーグ、レッズをまねて袖なしユニホームを着用したことがあった。その当時を思い出し、「ノースリーブのユニホームは体が小さかったり、細い選手には似合わない。一番似合ったのが体の大きな江藤だった」という。
杉下さんは現在、中日の沖縄キャンプに参加し、若い選手たちにアドバイスを送っている。「自分より若い人が先に逝っちゃうのは、本当にさみしい」と悼んだ。
一方、中日の元監督中利夫さん(71)は現役時代、中堅・中、左翼・江藤のコンビで外野を守った。俊足で知られる中さんと違い、江藤さんは大型選手。「捕手で入団し、打力を買われ外野手に転向した人。のしのし走るというタイプだった」と当時を思い起こした。
攻撃は中さんが塁に出て、江藤さんら主軸で点を取るパターン。「豪快な打撃で、勝負強かった。外角の球でも強引に引っ張る打者。内角球は力でポテンヒットにしていた。だから2年連続首位打者に輝いたんだと思う」と振り返った。
◆「野球の師だった」実弟の省三さん
江藤慎一さんの実弟で野球評論家の江藤省三さん(65)は「自分に野球を与えてくれた」と故人をしのんだ。省三さんによると、慎一さんは5年前に脳卒中で倒れてから入院生活を続け、その間にがんを患ったという。
省三さんは高校1年の冬に熊本商高から愛知・中京商高(現中京大中京高)に転校。慶大を経て巨人に入団した。「兄貴というより、野球の師だった」と語った。
◆長嶋茂雄氏「寂しいなぁ」
■長嶋茂雄・元巨人監督の話…「どんぐり眼」に「分厚い胸板」で、袖なしのユニホームがよく似合っていた。性格は豪快でさっぱり。力いっぱいのフルスイングが目に浮かぶ。野球一筋で、ほかのことには無頓着。もういなくなった昔タイプの野球選手だった。寂しいなぁ。
【えとう・しんいち】 1937年10月6日、熊本県山鹿市生まれ。熊本商から日鉄二瀬を経て59年に中日に捕手として入団したが一塁手に転向して新人から主力として活躍。64、65年と首位打者に輝き、71年にはロッテでも首位打者となり、史上初の両リーグでの首位打者となった。75年に太平洋(現西武)で選手と監督を兼務。ベストナインに6度。右投げ右打ち。弟の省三さんは中日、巨人で活躍した。
>慎んでお悔やみ申し上げます。
>
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本当にオフが怖いですよ。
(元カープの外国人、って他球団でも活躍するもん。ちょっと懐かしいミンチーもそうでしたし・・・)
>元カープの外国人、って他球団でも活躍するもん。
ラロッカだって、カープでもスワローズでもオリックスでもオールスターに出てますしね・・・